教職員として盛岡に赴任して早3年。
そして初めて盛岡さんさ踊りパレードに出たのが2014年8月。
楽しかったーー!!!
一気に盛岡さんさ踊りに惚れ込みました!
パレードが終わってもその熱が冷めず、「またあの感動をを味わいたい!」と思い、夏以外でもさんさ活動が出来る場所を探していたところ、さんさ好みを知りました。
また同じ時、私の教え子である臼澤みさきさんの曲「さんさ里唄」のPVで踊っている団がさんさ好みである事も知り、「さんさ好みに行ってみよう」と勇気を出して練習見学に行きました。
そこで見たのは、激しくもしなやかに、笑顔で舞うさんさ好みの演舞でした。
圧倒され感動しました。
その日から、「あんな風に自分も踊れるようになりたい!」と強い憧れを持つようになりました。
今では沢山のメンバーにお世話になりながら練習に励んでいます。
特に懇切丁寧に自分を指導してくださっている内村さんには感謝の念に絶えません。
たくさんの人との繋がりを持てたことも、私にとって大きな財産です。
「担任としての臼澤みさきさんへの想い」
さんさに惚れ込んでいる理由がもう1つあります。
それは教え子である臼澤みさきさんの存在です。
彼女は3.11東日本大震災で大きな被害を受けた大槌町出身です。
震災当時は中学入学を心待ちにしていた6年生でした。
先が見えない毎日で、生徒は瓦礫を越えての通学。
仮設住まいの生徒、中には親類を亡くしたり行方が分からないなどの状況の生徒も大勢おりました。
誰しもが笑うことすらも忘れていたように思います。
その中に彼女はいました。
勉強熱心で、謙虚で礼儀正しく、誰にでも優しい生徒でした。
そんなみさきさんは休日等、時間を見つけては民謡の会の方々と共に避難所を廻り、唄で人々に勇気を届ける慰問活動を行っていました。
自らも震災の恐怖から解放されない心境の中、彼女は多くの人に希望を届け続けたのです。
彼女に励まされ立ち上がることができた方は少なくなかったはずです。
だから彼女の唄には、深い安らぎと強い命のエネルギーを感じるんです。
岩手を代表する民俗芸能”盛岡さんさ踊り”をテーマとした『さんさ里唄』にも彼女のいろいろな想いが込められています。
みさきを応援したい。
そんな担任としての想いも、盛岡さんさ踊りへの情熱を加速させていると感じています。
臼澤みさきさんとのステージを通して
【ミニライブ前の臼澤みさきさんと】
2015年8月、初めて臼澤みさきさんと同じステージで踊ることができました。
そこで見えたことが2つあります。
それは「震災で抱えた絶望感」と「この先に見える希望」です。
震災で抱えた絶望感が消えることは、この先ずっと無いでしょう。
ですが、今は希望も見えています。
目の前で輝いているみさきさんの姿から「絶望を乗り越えて今がある」と教えられたのです。
私は今、さんさに携わることで、大きな喜びと生き甲斐を感じています。
大袈裟かもしれませんが、これからは盛岡さんさ踊りを通して、「多くの人にこの上ない幸せと生きている実感を伝えられるようになれたら」と思うようになりました。
そのためには、もっともっと盛岡さんさ踊りを知る事が必要です。
つまり、伝えられてきた人々の心や願い、そしてそれらが込められた技術や表現を身につけ上達させていく事が今の自分の課題です。
いつかは離れる盛岡ですが、これからも精一杯さんさに情熱を注ぎます!
そして盛岡を離れても、さんさをずっと続けます!
さんさ好み 菅野剛英